英国ボソボソ暮らし

ヘッジなブログです

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

蜷川幸雄ロンドン歌舞伎・十二夜: イギリスの批評記事 1 -- インディペンデント紙

蜷川氏のロンドン・バービカンセンターでの公演に対して批評記事が公表されてきましたので、イギリスでの評価を知る参考として読んでみてください。私は100%楽しみましたが(張りぼての鯨を除いて)、プロの批評家は(個人的には楽しんでいたとしても)なかなか良い点数はくれませんね。市川亀治郎はみんなに受けていたと思う。

まずはインディペンデント紙のレビューから。これがいちばん辛辣記事だと思います。ちなみにこの新聞は知識層に好まれているものです。



インディペンデント紙(The Independent)
http://www.independent.co.uk/arts-entertainment/theatre-dance/reviews/twelfth-night-barbican-theatre-london-1654160.html
★★★☆☆

十二夜、バービカンセンター、ロンドン
古典版ロスト・イン・トランスレーション
A classic, lost in translation
レビュー: Rhoda Koenig

この公演では、シェイクスピアの作品に何がしかのお手伝いが加えられている。たとえば、物語がイリリアの地の場面からは始まっていない。ヴァイオラは双子の兄が船の難破で死亡したと思うわけだが、この災難の場面が舞台に設定されヴァイオラが現れる。船はステージ前方に進みいで、波のデザインをあしらった大きな布で覆われた裏方たちによって荒波にもまれる。ヴァイオラは船窓から白くか細い腕を振りかざす、という舞台になっている。 また、新たな台詞も加えられている(電子掲示板に英語の字幕がながれるから、それを読んでいればそのことが分かる)。それは、フェステとマルヴォーリオを一人二役で演じる役者にプロットを合わせるための追加であり、登場人物の動機を説明するための追加であり、日本の諺だと思われるもの(「井の中の蛙 大海を知らず」)を挿入するための追加である。

このようなことが、気取りやの執事に対してのみでなく、ほかにも及んでいる。 イェーツによると、シェイクスピアの魚は「遥か陸を離れ大海を泳いでいった」という。一方、日本の魚たちは金魚鉢を離れたことがないらしい。 松竹グランド歌舞伎は「十二夜」を独自のスタイルに脚色しており、はじめはそれがチャーミングな物珍しさを感じさせはするが、見続けていると次第にそれが鼻についてくる。 歌舞伎では、化粧、演技、芸名でさえも代々受け継がれていく。伝統に縛られたこの芸の世界は、シェイクスピアの世界と対照を成すものだ。シェイクスピアの物語展開は意外性と無関連性であり、それが人の心を射止めるのである。 舞台セットにしてもエンジン全開の「クリーシェ」である。書院、太鼓橋、それにもちろん、おびただしい桜の花。とはいっても、私はあのばかげた小さな月はけっこう気に入った。雲上に登るオレンジ色の丸。あれは目玉焼きそのものだった。

全員男性の劇団による演技は、そのほとんどが伝統的に様式化されている。それは説明くどかったり(サー・アンドリュー・エイギュチークが登場してくるときは、観客の私たちにニャッと笑い袖を振るしぐさでおどけを表現する)、理解しにくいもの(公爵の細長い口ひげ、ヤギひげ、背丈、黒いトンガリ帽子、恋煩いで発する甲高い声、あれはどうみても不吉な魔法使いみたいだ)であったりする。 オリヴィアは、まあ彼女自身の父親の役になれるくらいのご年配ということもあり、硬く息苦しい。 ただし、尾上菊之助(5代目)は人の心を引き付けるヴァイオラとセバスチャンを演じていた。それは哀調に満ちた人物だった。その苦悩は今回の公演での唯一の人間的な感情表現だった。今回の公演では、このような人間感情が抜け落ち、ドタバタ喜劇になってしまっている。 今回のスター的な役者は市川亀治郎(2代目)だ。少なくとも西洋人の目にはそううつる。滑稽なほどに威張り、軽薄で、気取り屋のマライア。フラメンコを踊るように怒りをあらわし、取っちめられたときの憤慨を表現する演技は素晴らしかった。

他の文化がシェイクスピアをどのように解釈するかを見ることは常に興味深いけれど、通常、シェイクスピアの洞察力に光を当てて自分たちなりの見識を表していくほうが良い結果が得られると思う。シェイクスピアの洞察力を狭く浅く扱わないほうがよい。ついでに言えば、初日の公演では、大半が東洋人だった観衆を前にして、伝統的な日本の礼儀正しさが悲しいほどに欠けていたと思う。すなわち、バービカンのウェブサイトでは「完売」のお知らせがのっていたけれど、相当数の空席が見られた(企業贈答用としてのチケットが残ってしまったのでしょうかね)。 これからの残りの公演で、不要チケットを抱えている企業があるのならチケットを返却すればいいと思う。そうすれば、この稀有な海外公演を見てもらうチャンスを無駄にしなくてすむはずだ。



引用フリー(英文の出典だけは明記してください)




スポンサーサイト

テーマ:イギリス生活 - ジャンル:海外情報

  1. 2009/03/28(土) 17:14:42|
  2. 蜷川幸雄ロンドン歌舞伎
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:4

蜷川幸雄ロンドン歌舞伎・十二夜: イギリスの批評記事 2 -- タイムズ紙

今回は4★をいただいたタイムズ紙の批評記事。批判がましい表現はひと言もありません。文中の sit-com は「シチュエーション コメディ」という最近テレビで流行のコメディ形式のこと。その乗りで演技をしていたということがポイントか。

タイムズ紙はイギリスの中流階級を中心に読まれている大部数の新聞。



タイムズ紙(Times Online)
http://entertainment.timesonline.co.uk/tol/arts_and_entertainment/stage/theatre/article5975259.ece
★★★★

十二夜、バービカン公演
Twelfth Night at the Barbican
レビュー: Donald Hutera

タイムズ紙
(役者たちはあたかも、ある種まったく風変わりな、高度に様式化された、テレビのコメディ ドラマの中のように自分たちの役を演じていた)

蜷川幸雄は30年以上にわたってシェイクスピア劇を演出してきているが、9回目となるバービカンの公演では、この偉大なる演出家は今回初めて日本の伝統芸術である歌舞伎を取り入れている。 リスクをおかしただけの価値はあった。 何年も続いている劇団「松竹大歌舞伎」のメンバーが演じる蜷川版の十二夜は、よく考えられている優美な大衆コメディーであり、非常にヴィジュアルな美しさをもっている。ある種際立った演技を観衆に示してくれるし、しばしば役の性別がころころ変わる演技を楽しませてくれる。

歌舞伎は17世紀以来、全員男性の世界を守っており、その慣習と演技は代々伝えられていく。 歌舞伎には女形の伝統があり、特定の役者は女性の役に専念する。 したがって、ヴァイオラの物語を公演するという選択は、まさに当を得たものだといえる。嵐の海で双子の兄セバスチャンと離れ離れになった後、ヴァイオラは女の身を隠して、恋煩いのオーシーノ公爵の従者として仕える。

歌舞伎は、幻想、妄想、錯乱といったシェイクスピアの主題に、「巧み」と「愁い」を与える。 これらの特色は、第二幕が始まったときに、有名な若き役者・尾上菊之助(5世)が演じる踊りに具現されている。 菊之助はヴァイオラとセバスチャンの二役を演じている。女役を演じているこのシーンでは、男を装いながらも女の仕草で歩きまわるのである。 この直後に、恋についての会話が始まる。

蜷川は、芝居における感情の妙(とその残忍さ)を強調する演出家だ。だからといって、想像力豊かな舞台効果(たとえば客席まで迫り出さんばかりに船が奥手から静かに進み出で、その後に荒波にもまれてしまうといった効果)や確固としたユーモアに手を抜くことはしない。 たとえば、この確固としたユーモアは、いたずらたちが尊大なマルヴォーリオを策略に掛けていたぶるさまにはっきりと現れている。

西洋人の私の目には、役者たちはあたかも、ある種まったく風変わりな、高度に様式化された、テレビのコメディ ドラマの中のように自分たちの役を演じていたように映った。 マルヴォーリオとフェステの二役を演じる尾上菊五郎が、称賛の一部を受けるに値していることは言うまでもない。 とはいっても私自身のことでいえば、市川亀治郎に最大の称賛を与えたいと思う。策謀に長けた侍女として、亀治郎は観客の喝采をさらっていた。 中村時蔵(5世)もオリヴィア役としてきっちりと演技をこなしていた。外面的には取り澄ましているが、目もくらむような驚きを秘め、男装したヴァイオラに対して突然巨大な感情をあらわにする演技は素晴らしいものだった。



引用フリー(英文の出典だけは明記してください)



テーマ:イギリス生活 - ジャンル:海外情報

  1. 2009/03/29(日) 23:31:00|
  2. 蜷川幸雄ロンドン歌舞伎
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

蜷川幸雄ロンドン歌舞伎・十二夜: イギリスの批評記事 3 -- ガーディアン紙

今回の新聞批評記事はガーディアン紙。批評のキーワードは「パントマイム」と「キッチュ」でしょうか。

キッチュは良く使われる用語なので説明はいりませんね。
パントマイムは、私たちが知っている無言劇のことではありません。クリスマス シーズンから一月にかけて各地で上演される子供向けの(親も同伴して見にいきますが)、ボケと突っ込みが中心のミュージカル コメディです。これには定番の、観衆と舞台との掛け合いの対話パターンがあります。悪役が密かに、主役の後から近づいてきます。その危険を知らせようと子供たちは舞台に向かって「He is behind you!」と叫びます。主役が振り返ると、悪役はすでに隠れていませんから「No, he is not」と主役が返答します。するとまた姿を現すので観衆は「He is behind you!」と叫び、同じような繰り返しを何回も楽しみます。大衆娯楽としての歌舞伎はパントマイムのような要素があります。ただしシェイクスピア劇となると、単純に大衆娯楽とは言えなくなっているのであります。イギリス人の矜持です。



ガーディアン紙(The Guardian)
http://www.guardian.co.uk/stage/2009/mar/26/review-shochiku-grand-kabuki
★★☆☆☆
レビュー: Lyn Gardner

松竹大歌舞伎
Shochiku Grand Kabuki

ガーディアン紙
(物珍しさとキッチュ .. 松竹大歌舞伎。フォト: Tristram Kenton)

桜のマクベスからコリオレイナスの渦巻くパワーまで、日本人演出家・蜷川幸雄はこれまでに息を飲むような視覚言語をシェイクスピアにもたらしてきた。 今回始めて、蜷川は歌舞伎の規制された伝統世界の中で演出を行う。この蜷川版の「シェイクスピアによる十二夜」は繊細美の夕べではあるが、この組み合わせは熱烈恋愛というよりはあまり幸せではない結婚のような感じがする。

歌舞伎の熱狂ファンにとっては、今回の公演は、全員男性という伝統の世界の最高の役者たちを何人も見ることができる、まさしく稀有な機会であるに違いない。 とはいえ私には今回の公演は、年末恒例のパントマイム劇と似ているように感じた。もちろん例のお決まりの「後にいるから気をつけてー」というジョークは入ってはいないけれど。

幕開けのシーンでは、3人の少年がおびただしい桜の花の前でオーシーノ公爵に歌を歌うが、そのシーンはまさにうっとりする光景だ。それに加えて刺繍の衣装もこの上なく美しい。 まさしく物珍しいという点では非常に高い価値がある。またその繊細な美がありながら、キッチュ レベルも非常に高いといってよい。 はっきりいって、今回の公演は鯨を見られる唯一の十二夜だと思う。

しかし、芝居のどきどきするような核心や、ドラマを駆り立てる憂鬱と昂揚の混ざり合った精神は失われている。3時間半の公演にわたって舞台セットが次々と変わりすぎるからだ。 休憩後の後半では雰囲気が面白く軽妙になってくる。それは、歌舞伎への演出のために、17世紀のテキストの大半を放下しているからである。

なれば、今夜の公演はシェイクスピアに対して何かを自由に付け加えているかというとそうでもない。むしろ歌舞伎というすでにミイラ化している美学を使用して、シェイクスピアに防腐処理を施しているかのような印象を私は受ける。



引用フリー(英文の出典だけは明記してください)


テーマ:イギリス生活 - ジャンル:海外情報

  1. 2009/03/30(月) 15:10:09|
  2. 蜷川幸雄ロンドン歌舞伎
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2

蜷川幸雄ロンドン歌舞伎・十二夜: イギリスの批評記事 4 -- デイリー・テレグラフ紙

イギリス人が日本語の、それも歌舞伎という伝統的な様式化された芝居を3時間半もの長きにわたって鑑賞するという行為は、苦痛とは言わないまでも非常に努力を必要とするものなのかもしれませんね(笑)。かなり好意的に批評してくれていると思う。記者の意図はどうであれ、最後の一文は自分で翻訳していてぼろぼろ涙がこぼれてしまいました。

テレグラフ紙は、中流階級を中心に広く読まれている最大発行部数の新聞で保守・中道といわれています。



テレグラフ紙(Telegraph)
http://www.telegraph.co.uk/culture/culturecritics/dominiccavendish/5061435/Kabuki-Twelfth-Night-at-the-Barbican-review.html
★★★☆☆

歌舞伎・十二夜、バービカン公演レビュー

Kabuki Twelfth Night at the Barbican, review
それは3時間半という非常に長い芝居ではあったが、この尋常ならざるシェイクスピアの翻案はその努力の甲斐があったといえる。

レビュー: Dominic Cavendish
テレグラフ

RSC(ロイヤル シェイクスピア カンパニー)が無謀にもその本拠地をバービカンから移してしまった2002年以来、不気味なものや異国趣味のものなど、あらゆる種類のシェイクスピア作品が演じられてきた。 デボラ・ワーナーは「ジュリアス シーザー」を一群のエキストラで埋め尽くした。カリスト・ビエイトの「マクベス」はヒップで荒削りでスペイン的であった。そして今回、偉大な日本の演出家・蜷川幸雄は、シェイクスピアの演目を、まだ見たこともないような最もヴィジュアルでインターナショナルなリメイクのお手本として、見せてくれた。 歌舞伎の十二夜だ。

松竹大歌舞伎・十二夜は、上演時間3時間半(日本語で上演、英語字幕つき)の長い芝居だ。強い喜怒哀楽に感動したり笑い転げたりすることはあまりないかもしれないが、この長い芝居を見るだけの価値はある。 衣装だけでもビクトリア&アルバート ミュージアムに特別展示するだけの価値はありそうである。 「キモノ」のオンパレードだ。途方もなくだぶだぶのズボンや、わざと滑稽な形をしたシューズに対しても驚嘆してしまう。 4世紀も歴史のある歌舞伎芸術の基本的なことを知りたいけど、わざわざ飛行機代を払って鑑賞しに行く余裕がないのなら、そのすべてがここに用意されているのでじっくりと鑑賞するとよいだろう。

舞台は燃え立つような桜の花で幕が開く。日本風に味付けされた聖歌「エマニュエル」を3人の子供が優美に歌う中、恋を煩った白顔のオーシーノ公爵が登場する。 すべてが絵のように美しい。 そして静かに足音を忍ばせて、これもまた夢幻的なシーンが出現する。原作にはない嵐の場面が追加され、実物大の船が舞台の上を音もなく進み出てくるのである。大波を模した布が船を襲い、船は難破してヴァイオラがイリリアの浜辺に打ち上げられる。

歌舞伎の、まったく風変わりな(女形という)慣習が現れるのはヴァイオラの配役である。異性に扮装して混乱をもたらすこのシェイクスピア悲喜劇を選択したことは、当を得たものとなっている。 「女形」は18世紀にさかのぼる歴史があるが、その女形の最も新しい役者が尾上菊之助(5世)である(菊之助の父・菊五郎はマルヴォーリオとフェステの二役を演じたが、結果は一様ではなかった)。菊之助は、上品な仕草や震えた裏声を使って、非常に様式化された女性らしさを演じていた。 菊之助が、ヴァイオラの男性分身であるシザーリオと兄セバスチャンとして、男性的な言葉の使い方に切り替えたときは、(それまでの女形を鑑賞することが少ししんどかったので)実のところほっとした気分になった。

観衆が好感を抱く演技はほかにもある。たとえば、おどけ者サー・アンドリュー・エーギュチークを演じる中村翫雀や、侍女マライアを演じ金切り声を発する市川亀治郎などの演技だ。 さらには、尾上ジュニアの哀調を帯びた繊細美には特別なものがある。一族の誇りと厳しい伝統に重責を感じていることが伺える。この哀調を帯びた繊細美は、幕が下りた後にも私たちの記憶に残る。 今夜の上演を皆さんが長くてしんどいと感じたのなら、菊之助にとってもそれがどれほどのものであったのかを想像してみてはいかがだろうか。



引用フリー(英文の出典だけは明記してください)


とりあえずレビュー記事の翻訳はこれで最後とします。

テーマ:イギリス生活 - ジャンル:海外情報

  1. 2009/03/31(火) 18:09:27|
  2. 蜷川幸雄ロンドン歌舞伎
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

蜷川幸雄ロンドンの歌舞伎・十二夜 -- まとめ

最初はオリンピックでの日本選手の活躍を愛でる記事を読むような「下心」があったので、批評記事の印象はなかなか辛いものがありましたが(笑)、それとは別にこの公演をイギリスの観客や批評家はどう見たのかを知りたいという思いがあり、記事を翻訳してみたわけです。やはり少し背景情報を持っていないと批評記事を正面から受け止めることは難しかったかもしれません。以下は私の俄か勉強。

印象
署名記事の土壌がある英国なので、リップサービス的な記事はまず書かないでしょうね。そんなふうに記事を書いたら、プロの(いやアマチュアでも)批評にはならないですから。批評家としての自分への評価にもつながらならないでしょうし(まあこれは日本でも署名記事の場合は同じですね)。

どんな人が書いているのか
インディペンデント紙・Rhoda Koenig
もとニューヨーカー、現在ロンドン在住。もとナイトクラブ歌手(!)。現在、トラベル ライター、文芸編集者、シアター批評家(Punch誌とIndependent紙)。何でも書く実力派フリーランサーみたいです。

タイムズ紙・Donald Hutera
タイムズとサンデータイムズの記者。かなり無難な批評の書き方をしている感じです。ネットで調べているときに、ここでコメントをいただいた「たまてぼっくす」のurasimaru さんのブログページでHuteraの記事の翻訳http://tamabebox.exblog.jp/3579059/を見つけました! Huteraは歌舞伎批評の経験者でした(笑)。だから今回の記事も無難に好意的だったのかもしれませんね。

ガーディアン紙・Lyn Gardner
ガーディアン専属。小さいときから劇場通いだったそうで、ばりばりのシアター批評家ですね。知り合いに聞いてみたら次のような感想をいただきました。
「辛口のおばさんで、ユニークな意見の持ち主。しばしば他紙の批評家と意見がぶつかる。壮観、豪華、虚飾、誇示といったことが嫌いで、スペクタクルなものに対しては非常にシニカルな記事を書く。彼女の書く批評の 95% は3★かそれ以下。ガーディアン紙はお高くとまっているという世間の評判は、彼女の記事にも一因がある。」

テレグラフ紙・Dominic Cavendish
テレグラフでコメディーとシアターの批評を担当しているようです。劇の脚本も書いているようで、George Orwell's 'Coming Up For Air' を脚色した劇を、上記の知人が批評記事を書いたそうです。Cavendishは批評と制作の両側を知っている記者なんですね。だからあのような好意的な十二夜の記事になったのでしょう。

歌舞伎だけなら
一般的に英国での歌舞伎に対する批評は良いようです。悪く評価できるだけの内面的蓄積がない(勉強はしますが歌舞伎役者と張り合うほどにはいかないかも)。おのずと他文化として尊重せざるを得ないのかもしれません。
4つ★記事: http://www.guardian.co.uk/stage/2006/jun/01/theatre
4つ★記事: http://www.musicomh.com/theatre/kabuki_0606.htm

シェイクスピアだけなら
英国でのシェイクスピア劇では、学校でやるシェイクスピア劇もRSCがやる劇も、使用するテキストは基本的に同じ。400年前の昔の英語のテキストを使用します。日本でいうと、関ヶ原の戦いが1600年。その頃の日本語をそのまま芝居でしゃべっていることになります。英語の場合は400年前のものでも、それほど現代人にとって理解不可能な英語ではないそうです。基本的にシェイクスピア劇はテキスト中心の演出になるようで、外面を着飾らないからこそシェイクスピアの内面が舞台にでる、と考えるようです。

歌舞伎 vs シェイクスピア
ロンドンでの公演は、観客の反応はともかく、批評家の場合は演目が「シェイクスピア作による十二夜」なので、シェイクスピア劇としてみざるを得ないわけです。ほとんどがこの観点を含めての批評です(あたりまえですが)。これは歌舞伎の「ビジュアル」とシェイクスピアの「テキスト」の対峙といった図式になってしまう傾向にあるようです。

まとめ
4つの批評記事を翻訳したときは、なんと辛口なとおもいましたが、あれから何回か読み直しているうちに、印象が変わってきました。好評度の順では
★★★★☆ タイムズ紙・Donald Hutera
★★★☆☆ インディペンデント紙・Rhoda Koenig
★★★☆☆ テレグラフ紙・Dominic Cavendish
★★☆☆☆ ガーディアン紙・Lyn Gardner
ですが、私は Lyn Gardner の記事がとても「噛み応えのある」内容だなあと感じるようになりました。彼女の観点も文章もとても読み応えのあるビビッドな記事ではないでしょうか。

Lyn Garderの最後の一文「今夜の公演はシェイクスピアに対して何かを自由に付け加えているかというとそうでもない。むしろ歌舞伎というすでにミイラ化している美学を使用して、シェイクスピアに防腐処理を施しているかのような印象を私は受ける」といった表現は、むしろゾクゾクするような興奮をもたらす文章です。

「はっきりいって、今回の公演は鯨を見られる唯一の十二夜だと思う」という批評は、蜷川幸雄ならその重みが分かる文章なのかもしれません。

最後に戯れ言。外国の役者が日本にきて歌舞伎を英語で上演したらどういうことになるのでしょうか?




テーマ:イギリス生活 - ジャンル:海外情報

  1. 2009/04/04(土) 23:12:48|
  2. 蜷川幸雄ロンドン歌舞伎
  3. | トラックバック:1
  4. | コメント:7

プロフィール

ヘッジホッグです

Author:ヘッジホッグです
95年から英国在住

ご訪問ありがとうございます。英国でハリネズミが歩くごとくボソボソと暮らしています(♂)。

気に入った記事には ヘッジホッグです ボタンを押してくれると嬉しいです。

コメントの入力ウィンドウが表示されていない場合は、コメント(記事下部)をクリックすると、コメントが入力できます。ひとこと書いてくださーい。名前(ニックネーム)とタイトルと本文だけで OK。パスワードを入れると後で自分で修正・削除できるみたいです。

ブログ ランキング参加中

下のボタンをポチッとお願いします。
blogram投票ボタン <----------

最近の記事(+コメント)

カテゴリ

日記 (57)
プラハの歩き方 (6)
ブリティッシュ アート (5)
蜷川幸雄ロンドン歌舞伎 (5)
Thriplow 水仙祭り (6)
旅行 (0)
Holga カメラ (3)
未分類 (1)

月別アーカイブ

カレンダー

08 | 2017/09 | 10
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

リンク

このブログをリンクに追加する

最新トラックバック

検索フォーム

RSSリンクの表示

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード

QRコード

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。